コミュ障のあるある

コミュ障のあるある

人に頼めない

コミュ障あるあるとして、人にモノを頼めないというのがあると思います。 基本、人と喋ること自体が難しいので、当然といえば当然なのですが、その喋る、という以上に何かを依頼するという行為自体がとても荷が重いのです。
コミュ障のあるある

休み時間に話す人がいない

休憩時間の振る舞いにその人の本質だとか、人望だとかが現れているような気がします。特定の趣味を持たない、というか周囲と深く語らえるような物事への興味を持たないワタシはやはりコミュニティの構成員としてはまり込むということができず、あの、何をやってもいいはずの長い昼休みでさえも、まるで、長い長い授業よりも苦痛で、ワタシをこらしめたのです。
コミュ障のあるある

親しい人とでもだんだんと気まずく疎遠になる

いくら親しい人、仲が良かった人でも、会うごとに日を重ねるごとに気まずく、そして疎遠になっていくこのコミュ障の現象についてです。 これはなんなのでしょうか。 コミュ障ながらも、この人だけは、と気を許して、また向こうもまんざらでもないような様子で、まるで唯一無二の親友のような間柄になる期間があっても、 会うごとに、 段々と必要以上に気を遣うようになり、気まずくなっていくという。
ISFP型・INFP型

意見を言いなさい← そもそも意見がないので言えない。

喋るだけの意見が自分にないのです。また、仮に思いついても、ありきたりだったり、そもそもこんなことを今さら聞いていいのだろうかという疑問だったりで、引っ込めてしまうのです。
コミュ障のあるある

美人の(カワイイ)店員に緊張する,一目ぼれする

美人店員さがいた。もう、女神様と乞食なのです。 もはやこの身分の差は、月とスッポン、いや太陽と亀くらいの差でとても顔向けができないのです。 というより、こちらが客にも関わらず申し訳ない気持ちでいっぱいになるのです。
ISFP型・INFP型

地頭が悪い

地頭の悪さとコミュ力は大いに関係があります。やはり会話というのは相互理解の積上げであり、そこに齟齬があっては話につながりが生まれず盛り上がりません。話していても「この人なんか違う」と相性の悪さのせいにしてきた節もあると思いますが、それはコミュニケーションタイプの違いでもあるということでしょう。
コミュ障のあるある

友達の友達が苦手、旦那の友達が苦手、嫁の友達が苦手

友達の友達とかに会う事ってありますよね。その時のリアクションに困るのです。 ワタシの場合は、もうえんえんと片言の「コ・ン・ニ・チ・ワ」、といいながら引きつり笑いを浮かべ、その場をいかに逃げるかばかりを考えて頭の中はもう幽体離脱状態で、心がそこにはない状態になっているのです。
ISFP型・INFP型

明るい、社交的な人が苦手

話し掛けられるのが嫌というわけではないのですが、 相手の「ノリノリ」なまぶしいテンションに合わせるのがツラいのです。 ムリして明るく振るわなくてはならないというプレッシャーがずっと続き、話せば話すほどに消耗するのです。
ISFP型・INFP型

譲りすぎてしまう

譲りすぎる という性向があったのではないかと思います。 つまりその源泉には競争が嫌いで穏やかな人間関係を好むことがあります。人と競争する、つまり争うことになろうとすると、自分がどれだけ損をしようとも、 「いいですよ」 と、NOをつきつけないのです
ISFP型・INFP型

ナースステーションを通る時に気まずい

看護師さんの明るいオーラが苦手で、病室などで気まずい感じになる方は、ナースステーションも通るときソワソワとした感じになると思います。
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