この世は苦しみなのです

苦しみ

こ、こんにちは。コミュ障やっていますか?

さて今日は、苦しみについての考察です。

ブッダの語録で有名なのに、

この世は苦しみである、というのがあります。

そう、生まれてくること自体がすでに苦しみなのです。

ちなみに、生まれた後も、愛する人との別れの苦しみや嫌いなものと過ごす苦しみ、病気や貧乏などさまざまな苦しみに包まれてワタシどもは生きていかなければならないのです。

コミュ障の場合は、さらにひどく、まともに人と関われないためにさらに苦しくなるというハンデもあります。 ただでさえこの世は苦しみに満ちているのに、コミュニケーションが下手なだけで地獄のレベルが違うのです。

この世は、針の道とすると、普通の人が手ぶらで歩いていくのに対し、コミュ障の場合は鉄のバーベルを持ちながら歩くようなものです。 足の裏から針が肉を裂きズタズタになるのです。

でも一方で、生まれながらにして恵まれた環境にいる人もいます。

リア充、というか、対人スキルの高い人たちです。

こういう人達は体にたくさんの風船をつけて針の道を歩く、軽やかに人生を渡っていきます。 確かに生きること自体にさまざまな苦しみはあるに違いないですがその対人スキルの高さで楽々と超えていくことができるのです。

この差は何なのか、それは非常にシンプルなのです。

因果応報、つまりやったことが帰ってきているだけなのです。


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それは生命の次元をまたぐので、身に覚えのない報いというものもありますが、やはりこの宇宙の圧力により、すべてはゼロに収束される、つまり、いいことをすればその骨折りをカバーするようにいいことが起き、悪いことをすればその仕打ちとして悪いことが身に降りかかるようになるのです。

なんとも当り前のことのようですが、日々の苦しい生活のなかでつい忘れてしまいがちなことです。

苦しみ

何がいいたいかといいますと、つまり、

コミュ障でもそうですが、今の苦しみは過去にやったもののツケが回ってきているだけなのです。 ざっくりいうと前世とかで何かイケないことをやってしまったのです。 もし過去の罪によるものでなければ、将来、今度はいいことがおきます。 ゼロに収束されるのです。

だからこそ、コミュ障の苦しみ、今は償いのために必死で耐えて頑張るしかないのです。

本日は、とうとうこの管理人はイカれてきたかというような感じにとられた方もいるかと思いますが、多分、鬱病とかそういうことにはなっていないと思うので大丈夫です。 ただ、疲れていて人生に、自分の力ではどうしようもない大きな壁を感じて、このようなスピリチュアルな記事になってしまったのであります。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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