将来が怖い

将来が怖い

k、っこ、ぐはぁっ、こんにちは、コミュ症やっていますか?

先日、夢を見ました。 10年後の自分が、アタフタしながら仕事の話をしていてものすごく重くツラい時間を送っているのを。

しかも、朝起きる前の夢でしたから最悪です。 しかも遅刻しうなギリギリの時間に目が覚め、そしてそのまま目が覚めたら会社へいく準備、このツラさはわざわざ説明しなくても分かりますよね? ただでさえ目が覚めたら得体の知れない絶望感に襲われるのに、さらにそこに覆いかぶさるようなリアルな将来の夢、それも今の生活の延長上にあるような生々しい将来の自分の姿がそこにあり、相変わらずコミュ障に苦しんでいるという。

夢は夢かもしれませんが、夢もまた自分の経験則に基づいて生み出されるもの、もっというと、本能レベルでやはり将来の自分を描いているのです。

予知夢というよりも、何が怖いって、やはり、そうやって見る夢があまりにも違和感がなくまるで正気のもとでも十分予見されるであろう未来を、あの支離滅裂であることが基本である睡眠中の夢で見てしまうという、これです。

たじたじとしながら、必死で言葉を吐き出すように喋っていました、そしてそれを客観視して暗〜い気持ちで眺めている自分、これはまさに将来への恐れ

そう、コミュ障は将来が怖いのです。

だから、こうやって冷静な夢を見てしまうのです。


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朝起きると、まだ気だるい体に重くのしかかるどんよりとした暗い雲が心にかかるのです。

将来が怖い

将来を見通せば見通すほど、今の自分の立ち位置が、生命を脅かすほど危ないポジションにいることが分かり、絶望を覚え、でも何にすがればいいのかも分からず、また消える度胸もなく、ただ現実は次々と新たな苦しみを無尽蔵に運んでくる、なんというツラさでしょうか。

TVやメディアでいくら貧困が取り上げられようとも、総じてみるとやはり他のみんなは自分よりいい生活をしているように見えるし、いいことないよ〜と今の世知辛い世相を憂いているコメントをしている姿もどこか余裕があるように見える、

自分だけが置いていかれているような絶望感、

そしてその延長にある将来というものがまるで光を放っていない、こんな怖いことがあるのでしょうか。

ふっとした時に、懐かしいメロディーをyoutubeとかで再生していることがないでしょうか。きっとそれは今ほど人生が詰んでいなかった、まだ自分に余裕があったときの時代の歌を聞くことで当時の気持ちに巻き戻そうとする本能的対処の表れなのかもしれません。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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