どうだ、上手いだろ?と黙って自慢しているその得意技こそ人にバカにされている

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こ、こんにちは、コミュ障研究家の安倍です。 プレッシャーに押しつぶされてあと50年くらいある未来に絶望ばかり感じている日々のなか、必死で一寸先の明かりを見つけてやっと生きている、そんな感じでございます。

 

さて、その一寸先の明かりとして、コミュ障であっても自分が自慢できるような自信のあることを持っている、という人はそこそこいると思います。

自分はこの分野は得意なんだ、どうだスゴイだろ〜と言えるような何かですね。

 

でも一ついいましょう。

そういうような、自らすすんで人に披露しようとするような感じの自慢できるような得意技というのは、それを披露している瞬間に、人にバカにされています。

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そう、自分は得意げに披露しているけれどもピエロ、そう笑われているのです。


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人の賞賛を信じちゃいけません。

 

本当にアナタが自慢できるようなすごい特技を持っている場合、それはおそらく周囲からそういうスキルのお披露目を求められるはずです。 そう、自分から進んでやるようではまだ周囲に認められていなくて、周囲から進められてやらされるようなことにこそアナタの才能があるのです。

人間っていうのは、知らず知らずのうちに自分の目標をもち「こうありたい」という願望を持つものですが、これが無意識に周囲のお世辞を吸収するんですよね。

つまり、まずは「自分は社交家で話し上手」となりたい人は、無意識のうちに周囲がお世辞で言った「明るい性格だね」とか「話すのウマいね」とかいった褒められたことを覚えてしまうのです。 だからなりたい自分に都合よく周囲の言動を後付けで裏付けていくのでしょう。

それに反し、周囲から求められることというのは必然と「○○のことならあいつが上手」ということなのです。 つまり誰よりも上手くできるから任されるし、そのことに関して相談されたりするのです。

自分の才能って何なのだろう、といつまでも青い鳥を追いかけているアナタの人生の指針の一つとしてどうぞ。

 

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