コミュ障の仕事選び。拘束時間が長くて休みが少ない職場の方が雑談なくていいかも。

こ、こんにちは。 仕事していますか? このブログにはコミュ障で悩みやすい学生だけでなくたくさんの社会人もアクセスしてくれているようで、世の中にはコミュ力で悩む人、年齢の垣根はないんだろうな、と思います。 いや、これはきっと昔からそうなんです、きっと。ただ昔の人はこの、他人と関わるとおぞましい心理状態になるような状態を表す的確な言葉が思いつかずこんなものなんだろうと、変に耐性がついているのだと思います。

はい、さてそれはさておきまして、

そのコミュ障の正体ですが、ひとつの原因に雑談恐怖症というのがあります。 これはつまり、事務的な会話はできるが、人とジャレるための会話、バカ話や世間話ができない、やろうとするとなんか胸がつっかえる様な喋りにくさ、また、趣味や関心の対象が違いすぎて住む世界が違うように感じられ、疎遠な感じがするというあの現象です。

そう、雑談をする、自分が知られる(内面を見せる)、相手が自分とは違う生物と知る、そういったことが恐怖の正体だと思うのです。

もっというと、コミュ障は保守的であり、相違に対して好奇心が沸かず敵視してしまう症状とも言えるでしょう。 本来、コミュニケーションとは個々の違いを埋めるためのツールであるのに、コミュ障にとっては同じであることを確認するツール、だからこそ、相手との共通理解である事務的な会話はできる、そういうことだと思います。

相手と違うことに対する恐れこそがコミュ障の原因の一つではないでしょうか。

でも、それでも人間は社会に出て働いて生きていかねばなりません。

そしてそこにはどこに行っても雑談地獄が待っているのです。 黙々と作業するこの仕事なら誰とも口を聞かなくていいだろうと思いきや休憩タイムでの他愛もない会話を求められるケース、よくある話です。


【スポンサードリンク】


もう、この世はただひたすらコミュ障にとって、あの、くだらない雑談にいちいちギョッとしながら地蔵になり、滝に打たれるかのように耐える修行の場でしかないのでしょうか。

仮説ではありますが、逆に、仕事がキツイ、というか、拘束時間が長く、休みがあまりないような職場だと雑談は少ないかもしれません。

これはどういうメカニズムかといいますと、

雑談が生まれる原因は、つまり余計なことを考えるいわば”心のあそび”の部分があるからです。余裕があるのです。余裕がある職場というのはハッキリ言ってホワイトな職場であり、つまりワークライフバランスがとれ、そこで働く人たちは、仕事以外にも人生をエンジョイする手段を持っていることになりますし、仮にそれをやる時間がなかったとしても、探るための時間や余力があるのでその好奇心が活かされて雑談として出力されるということがあります。

ダラダラ書きましたが、

そんな余裕の生まれない仕事量、もしくは仕事自体はきつくなくても拘束時間が長いようなところに行くと、あまり遊ぶ時間もなければ余計なことを考える暇もない、ということで、それこそ事務的な会話しか交わさなくてよい人間関係、コミュニティが出来上がると思うのです。

そういえばワタシは過去、料理人の世界で修行をしていたとき、もう朝7時から夜10時まで立ち詰めで、休憩時間は昼食の15分だけという生活をしていたことがありますが、見事に雑談は皆無でした。みんなそんな余力がなかったのです。 だから交わされる会話は暴言か仕事の指示・返事くらいのものでした。

そういった意味では、雑談を避け切る、という生き方に重きを置くなら、とことん作業に没頭できて拘束時間の長い会社に入るというのも一つの手でしょう。 ただし、鬱になったり死んだりしては元も子もないので、その当たりの見極めは難しそうなのですが。。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






【スポンサード リンク】