コミュニケーション能力と「仲良し力」って別だよね、という話

どもらず上手く話す

こ、こんにちは、コミュ障管理人です。

さて、今日、はてなブックマークを見ているとこんなエントリー、コミュニケーション能力と「仲良し力」って別だよねという話が掲載されており、もう明日仕事が早くて寝たいのに、ついつい書いちゃいました。いや、まだこの段階だったら手が止められる、どうする俺、・・・でも酒も飲んでテンション高いので書いてしまふ。

これです。

 コミュニケーション能力と「仲良し力」って別だよね 

前から思ってたんだけど、
コミュニケーション能力と、ぼっち飯を回避する能力って別だよね?
ペリーと交渉する能力と、いじめられる側にならないように立ち回る能力ってまったく別だよね?
意見の違う人間同士で妥協点を探る能力と、村の中の空気を壊さないように周りに合わせる能力って全然別のものだよね?

前者の能力って、
状況は絶対読むけど空気は読まなくてもいいじゃん。
実は「みんな」とも相手とも仲良くする必要はないじゃん。
そんで相手の体面を保つ必要があるのは相手に力があるときだけ。

後者の能力って、実は効力があるのは村の中だけ。

日本ではこの二つが『コミュニケーション能力』という言葉の中で混同されていて、
後者の能力が高い人間が「俺はコミュ力高い」と傲慢をかましているのが鼻についてしょうがない。
後者を表す、もうちょっと、いい言葉はないものか。

こういうエントリーでした。

これはとても共感です。

表現にあるように「ペリーと交渉する能力と」とありますが、くしくも以前ワタシも、「開国をせまることができない」という記事を書いており、同じくした表現としてペリーさんを使用しました。ということで親近感もあるうえに、言及している内容もまた共感できるのでこれは触れられずにはいられませんでした。


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で、これ、ありますよね。

コミュニケーション能力というのは、リア充力というか社交性を指す言葉つまりは雑談力として日本では表現されているというのが一つ。一方で、業務連絡する力としての意思疎通力というかそういうのもまた同じコミュニケーション能力としてくくられています。

で、このエントリーでいう、後者のコミュニケーション能力は「社交力・雑談力」という感じで、ペリーさんと話す力は、「傾聴力・交渉力」という感じではないでしょうか。

同じように言葉を利用して話す力には変わりないのですが、これは確かにまったく違う能力です。

例えば、いくら社交性を磨こうと営業の仕事をやってもなんか、人と仲良くなる力はつかないものです。これは仕事外に身を置くと分かるのですが、やはりその辺のリア充若者のほうが上手かったりするものなのです。 ワタシは10年以上営業をやっていても、いまだに身内や同じグループ内で仲良くなるような力はありません。そのかわり、お客さんと話したり交渉したりする力はやはり仕事柄上達していく、そういうものです。

「利害関係のある話をする力」と「人と戯れるための情緒的な会話」、これは似て非なるものでしょう。 本当に、びっくりするほど違う力です。

例えば、夜の水商売や詐欺的な飛び込み営業職で成功するにはまず、この「人と仲良くなる力」のタイプのコミュニケーション能力が求められると思います。一方、ルート営業などの会社の信頼で長くお付き合いしながら売っていくタイプの営業は、まさに傾聴力・交渉力なんかが求められると思います。

でも、やっぱり思うのは、雑談力が高くて社交性が高いタイプの人間は、だいたいどこへ言っても成功します。またそれはセンスが求められるものですのでなおさらのことです。 ペリーさんと交渉する力は勉強すればそこそこ身に付きますが、人と仲良くなる力はいくら勉強していてもその人の持って生まれた資質が影響してきます。誰しもがアイドルになれないわけはこういうところにあるのです。センス。

だからこそ、コミュ障というこの症状も、ある意味持って生まれたセンス、というかナンセンスというか、そういうものなんですよね。

だからこそ、コミュ障が喋り上手を目指すなら、 ・・・すみません、酒の飲みすぎて気持ち悪くなってきました、今日はここまで。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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