涙もろい、涙もろくなった

言えない

想像するだけで泣けるようになる

こんにちは、コミュってますか?

今回はINFP型・ISFP型についてのネタとして、『涙もろい』というネタについて触れたいと思います。 INFPやISFPって何や?という方はコチラの記事を先にどうぞ。(INFP型,ISFP型とは
さて、私はもう30歳半ばですが、最近思うことがあります。
涙もろくなってきたということです。

若い頃から感受性豊かで、空気を読みすぎる傾向にある私でしたがやはり年齢を重ねるにつきその傾向は顕著となり、
どんどんと押し黙るような、閉じこもるような人格になりつつあります。

と同時に、こういう性格は外界との刺激が絶たれる分、内面の感受性みたいなものが鋭くなってきて、
いや、
逆かもしれません。

もともとの持ち味である感受性の高さが人生経験とともに研ぎ澄まされてくるからこそ、
年々と人間というものが嫌になり、世俗から離れて行くうちに、どんどんと感受性が磨かれてくるのかもしれません。

私の場合は、
それでも若い頃は必死で涙をこらえることができていました。
卒業式とかそういう時も、別の事を考えて気を紛らわしながらではありましたが、男の子らしく取り乱すことなく冷静に淡々と振る舞えるような子だったのです。

が、
今はダメです。

もう涙もろいのです。

一度、涙するような経験をすると、それを後から思い出すだけで一人で泣けるくらいの涙もろさなのです。

最近でいうと、
娘の幼稚園の卒園式で、こらえきれず涙を流してしまいました。
幸いにして、花粉症のためマスクをつけていて、周囲に悟られないように、花粉症による目のかゆみで目が赤くなっているように見せ(目をかくような仕草)、またマスクで目いっぱい顔を隠すようにして覆ったのです。


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そして、一人になり、
その卒園式で流れていた歌をふいにyoutubeなんかで探して聞くと、もうこれだけで思い出し泣きするような始末です。

他にも、
ネットで見つけた泣ける話とか、そういうのももうダメです。見ると泣き、
そして、後からそれをもとにいろいろと想像しただけで涙がこぼれる、それくらい感受性が鋭い、というか涙もろくなってしまったのです。
これは元々の気性が、年齢とともに磨かれてきた結果だと考えています。

泣いている所を人に見られたら恥ずかしすぎる、だから人前では泣けない

しかし、泣いている所を家族や他人に見られるというのは、
とても恥ずかしいことです。
いや、これはこのINFP型やISFP型だからそう思うのかもしれません。

だいたい、性格の明るいE型タイプの人間は、人前でも堂々と泣きます。感情を露わにするのが苦痛ではないからです。
一方で、そういうタイプはあっけらかんとしており、そういうことが終わればもうきれいさっぱりスッキリしていて、あとから思い出し泣きをするようなことはないのでしょう。

で、
このINFP型やISFP型はどうかというと、
人前では泣けない。

なんか、自らがどう見られているかを気にするので、
「普段から冷静で泣くようなキャラじゃない」
というイメージを壊したくなくて、意地でも泣くという、一種の究極の感情表現を人に見られるのが恥ずかしいのです。

泣く、という行為が人前で堂々とできる人は、
感情を見せること、ぶつけることを恐れない明るいタイプの人間です。

対してINFP型やISFP型のように、表に出して怒ることができないタイプの人間はつまり感情表現が苦手ということなので、
やはり泣くところを人に見られることを嫌うのです。

そういったところがまた、生きづらいのです。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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