人に好かれ(認められ)ようとするがあまり、自分が本当は何がしたいか分からなくなる

住む世界が違う

こんにちは。コミュ障やっていますか?

さて、ワタシは生まれながらの八方美人であります。というかそういう育てられ方をしたのです。祖父母にも父母にも。人に迷惑をかけるな、だけではなく、誰にでも好かれるように振る舞いなさいという教育方針でしたので、いや、それもまた、ややもするとワガママな幼少期のワタシをコントロールするためのマインドコントロールの手段だったのかもしれません。

が、それでもワタシはだんだんとそれを聞かざるを得なくなるほどワガママをすれば脅され、否が応でも親のいう事を聞かざるを得ないというか、親や祖父母の顔色をうかがって生きるようになっていったのです。ちょうど思春期を迎える小学校高学年くらいの頃からです。

するとワタシは、もともと大して勉強も好きではなかったのですが、やはり「宿題しなさい勉強しなさい」という親たちの指示に逆らえず、気が付けば律儀にこなし、学業優秀な生徒になり進学校にすすむのでした。

でも、当然ながら本心は、学業が好きなわけでもなく野心があるわけでもない、ただ大人しく目上の人達の言う事を聞くことが人に気に入られ社会に受け入れられる手段であると認識していたので、ひたすら操り人形と化してワタシは自分の本心を隠し無理して生きていくのでした。そうしていくうちにいつしか、人の心がまるで見えない一本の糸でつながっているように、そう糸という字は図らずも意図という言葉と音が同じわけでございますが、何か相手を見ただけで何を考えているか読めてしまうようなほど感性が研ぎ澄まされてしまったのです。


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するとどうしょう。次第に形成された「人に気に入られる」という性癖と、「人の心が分かる」という感性によって、いつしか、「他人にカスタマイズされる自分」が出来上がってしまったのです。つまりは、人の顔色をうかがいながら行動し、いい人と呼ばれるために先を読み、行動する。他を利し、己を排する。

そうしていくうちに、だんだんと、自分が本当は何がしたいのか、何を好きなのか分からない、まるで自分を飼っている自分という感覚になり、一緒に過ごしているし一番知っている仲なのにその本心は知るすべがないペットのように掴みどころのない存在であると思い悩むのでした。そして知ろうとすればするほど、今日はこんなに仕事や学業でヘトヘトで眠りこけたいのに、その疲労感とは裏腹に神経は冷めた負の昂奮をなし、自らの体を苛むのでした。

気が付けば、自分は本当は何が好きで、何を求めているのか分からず、ただ海中をあてもなくさまようクラゲのように、この時空をフワフワと漂っているだけ、そう思うのでした。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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