飲み会を断るために言い訳をアレコレ考えるっていうこの人生の不毛感

飲み会断る

ko,こんにちは。安倍です。 コミュ障やっていますか?

そしてコミュ障のアナタ、飲み会の誘いにビクビクしていますか? 飲み会の連絡が来るとまず断り文句をひねりだすために脳内フル回転していることでしょう。ありもしない予定をでっち上げる、きわめて健康な体で体調不良を訴えるのもいくら慣れたといえど気はひけますよね。 何より「たぶんウソついている」とばれているんだろうな、、とかモヤモヤするのもまた精神をチクチクとつっつかれ消耗するものです。

飲み会ってイヤですよね。 好きでもない酒を雰囲気的に飲まなくちゃいけなかったり、誰が隣になるか分からなかったり、実際フタをあけてみれば気まずいような人が近くにいたりととにかく大変です。

別に喰いキャラでもないのに、ひたすら口にモグモグと食べ物を運んで、あたかも自分は食べたいんだと偽りのアピールするのも疲れますよね?精神的も、そして肉体的にも。

アーンド、それをお金を払ってまで。

一方でこんなにコミュ力アップのための機会もまたないわけではありますがね。

飲みの席には這ってでも行け!なんで指南もあるくらいです。

やっぱり強制的に何か取り繕わなくてはいけない状況というのは、追い詰められた状態わわけで、人間の火事場の糞力を発揮するために頑張るわけです。

しかし。。

しかしですね、これってもうコミュ障(人を避ける系で内気で人見知りタイプの)にとっては苦痛以外の何物でもないんですよ。

筋トレと同じなのです。

一回だけ思い切ってやっても、その後の継続がなければただの筋肉痛で終わってしまうパターンです。つまりただツラい思いだけして次に生かせないという。

飲み会断る


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だから結果的にいうと、コミュ障克服のために飲み会を鍛錬の場として使うのは大いに結構なのですが、ただ漠然と断るのが面倒くさいというか、断り切れないから参加するというのではもうそれこそ不毛な戦いになるのです。

でも社会人ていうのは面倒くさいもので『付き合い』というものがあります。

これをナイガシロにはできないんです。スルーしちゃうとなんか置いてけぼりボッチ感が出てくるものなのです。

だからこそ、悩みの種なんですよね。

もうハッキリしましょう。

一度参加してツラかったらもう参加しないでおこう

まずいうと、イヤイヤ飲み会に参加しても得られるモノは何もナシです。

所詮アルコールに頼った人間関係など知れたもので、仮に酔った勢いでたくさん会話しても、次に活かせることはありません。かえって、テンションの差が露呈して気まずくなるものです。

また、会話力の点においても、同じコミュニティでしか通用しないような決まりきったパターンの時間つぶしのごまかし型のコミュニケーション力しか身につきません。

よって、気が進まない飲み会は自己成長(コミュ力改善・社会性向上)において意味はないのです。

例外

ただし、いくらイヤでも一発目の集まりであったり、知れた仲間内でも大事な節目である場合は参加するべきです。

これは、自分のコミュ力とか以前にマナーだからです。最優先でスケジューリングしましょう。逆にいうとこういうポイントを押さえた立ち居振る舞いこそメリハリが効いた印象を与え便利屋にならないコツでもあり、またコミュ障でもコミュニティから疎外されない立ち回りなのです。

いやでも、ホンッっと!飲み会ってツラいですよね。

でももっとツラいのは、後から自分にその飲み会の声が掛かっていなかったことを知るときです。 いや厳密にはそれはそれでわざわざ断る文句をつける必要がなかったらいいや、と思うのですが、ふとした瞬間に「ああ、自分ってホントいてもいなくてもいいどうでもいい存在なんだよな」と虚無感に駆られるときがきます。

そう、寂しくはない、それがコミュ障なんでしょうけれども、

それであるがゆえに、自らの存在意義を見失いそうになり人生に疲れるということがあるのです。

だからこそ、ただでさ生きるのにハードルが高いコミュ障がつまずかないために飲み会での立ち回りについても日頃から人一倍思いを巡らせ考えておかねばならないのです。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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