自分だけ飲み会に誘われない

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こんにちは、人見知りで悩んでいますか? もう、自分のことなんて放っておいてくれよ! ・・・いやでもそんな簡単なことではないのですよね。

今日のテーマは、自分が所属しているコミュニティ、例えば、職場・学校・サークル・友達などで自分だけがどうやら飲み会などの集まりに誘われないという件について触れたいと思います。

アナタはどうでしょうか。 コミュ障だから飲み会を断る文句を考えるよりも、誘われないほうがいいと考えられるタチでしょうか。

これはコミュ障にとって、非常にナイーブな問題です。

一見、飲み会に誘われないというのは、いちいち断らなくてよいので悩まなくていいというメリットがあります。

しかし一方で何も事前の声が掛からないということを後で知った場合は、それはそれでショックな出来事であるのではないでしょうか。

・・・いや、とにかく嫌な飲み会への参加をわざわざ断るという骨折りをしなくて済む分、ラクだよ、という完全孤高のコミュ障ならOKです。 というかそれはコミュ障というよりも、自らの信念のもと生きられるたくましい存在であり、コミュ障というより人生の達人です。高尚なので俗な意見をものともせずに生きられる強靭な魂の持ち主に他ならないでしょう。

 

でもだいたいは後から「飲み会やっていた事実」が後から分かると気が落ち込むことは事実だと思います。 結果としてその場には参加しなかったであろうとも、誘いの一言がなかった、その事実に打ちのめされるのです。


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しかーし!

それはそれで贅沢な注文です。そこにいたるまでの自分自身の振る舞いや過程を振り返るべきです。

いかがでしょう。

誘う方からすると、「誘いにくい人」としての振る舞いをしていたのではないでしょうか。つまり、その理由が良かれ割るかれ「声を掛けづらい」人になってしまっていたということなのです。

 

ちなみにですが、こういう飲み会誘われなかった事件は、芸能界にも及び、やはりその競争激しい世界には見習うことが大きいのですが、 誘われない特徴としては、どちらかというと、デキるヤツであるがために目の上のタンコブになってしまっているということです。

逆に言うと、デキる人間ほど周囲から一目置かれて、敬遠されて飲み会などの行事にも誘われなくなるということがあるということです。

どうでしょうか。

心当たりありますか?

 

ただ、こういう問題に関しては、コミュ障なりにハッキリと意見を持つべきなのではないでしょうか。 ワタシも気の弱い人間なのですが、この問題に関してはハッキリと言えることがあります。

飲み会に行きたくないなどと普段から思っているくせに、いざ呼ばれなかったからといってそれを悩みの対象にするなということです。

気持ちは確かに分かる、でもこれはしっかりとわきまえるべきなのでしょう。

もちろん、飲みに行きたいのに誘われないという場合は多いに悩んでいいと思います。それは求めるものに対する不足のギャップを埋める作業であり、向上心の表れだからです。

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