脳内反省会(会話で言った内容を後からあれこれと後悔し考える)は回避性パーソナリティー障害

悩む

こ、こんにちは。 ああ、こんにちはって言ったけど、時間的に16時半くらだから、こんばんわの方がよかったのかな、、 コミュ障研究家の安倍です。

さて、ネットのコミュ障あるあるネタを拾っていくと必ずといっていいほど目に降れるあるあるネタがあります。

それは、

会話したあとに一人で脳内反省会をするというやつです。

悩む

あんなこといったけど、後になって「どうしてあんな発言してしまったんだろ。。汗」とか、とにかく後悔してしまうやつですね。 まぁ何を喋っても、いや喋らなかったとしてもある程度後悔するんですけどね。 つまり自意識過剰なのと自信不足なんですよね。

しかし、その自身を顧みる行為はとてもよいことで、世の中には厚顔無恥な人もたくさんおりまして、中には自分の発言した内容を人からとがめられようとも「何が悪い!」とズケズケと押し入っていく人たちもいるのです。そういう人種に比べればきっとコミュ障のような繊細な心遣いは誰を傷つけることもなく世界を平和にしているはずです。 まぁだからこそ、存在感がないということなのですがね。。

といって片づけても納得いかないでしょう。

会話していて、後からあれこれとその内容を反省しながら思案し、後悔するという行為はどれくらいの人に共通するのか?ということです。

これが当り前のクセになっている人にとっては「みんなそんなもんじゃないの…?」と考えてしまいがちですが、実はこれはそうでもないようですね。

マイノリティです。

症状にして、実にパニック障害とか社会不安障害などを持つ人の3分の1程度と言われていますので、そう考えると表社会にはあまり見ない症状ということになってしまいます。 でも安心してください。 ワタシにもその性向がありますが、表舞台で生きています。 消耗してますけど。


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つまり、会話のあとの脳内反省がクセになっている場合は、精神的な障害を構成する要素になります。

具体的には、

回避性パーソナリティー障害といって、簡単にいうと自信がなくて社会から逃げたくなるような症状です。 リア充と対峙している時の感覚がまさにそれでしょう、「ああ、この人達まぶしすぎる、自分はコケのような存在だ、、」とか、とにかく自分が社会から遅れた人種に感じるような劣等感を感じて距離を取りたくなるような存在というわけです。

本来、劣等感を感じていてもそれを社交の一つのネタにすることだってできるのです。例えば、リーダー的存在の取り巻きになることです。 どんなコミュニティにもボスがいますが、その人達の優越感を満たしてあげるべく、「すごい〜」とおだててあげる存在であるためには、ヤボったいほうがいいのです。

でも、それがコミュ障にはできない、回避性パーソナリティー障害をもつコミュ障にはできないのです。

「あ、敵。」

それで終わってしまうんですよね。 自分とは違うと思った瞬間にバックギア全開で下がってしまうのです。

ただ、だからといって悲観する必要はありません。

性格障害というのはようは、いろんなスコアを相対化したものにすぎません。 脳内反省してしまうような気弱な小心者だからといって社会生活が送れないわけではないのです。

社会的、社交的である指標というのはさまざまな要素が複合的に組み合わさって合計何点の世界です。

つまり、欠点は他の長所で補えるというわけです。

例えば、脳内反省をするということは客観的に自分を見れるという能力が長けすぎているために起こることでもあります。 それの裏返しとして、例えば人の感情を読みそれに適応した態度をとることができる、という長所を持つ人もいるでしょう。

そういう総合的な部分で人間力は判断されるものですから、一長一短でもあるということです。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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コメント

  1. シーラー より:

    私は、美容室に行きますと初めての美容師さんに長い話をしてしまいます。
    そうしますと次は、会うのが恥ずかしいので違う美容室へ行きます。

    先日の美容室では、中年の女性美容師さんのはげた頭を見まして、気の毒に
    思いました。次からは、ここに行こうと思いました。
    なんと私よりかなり薄い髪の人なのです。珍しく同情心が起こってしまいました。
    かつらをかぶるとわからないのですが、きっと余裕がないのですね。
    私は、他人にさらけだすことのできる人に感動したようです。

    • コミュ障研究家 より:

      シーラーさん

      コメントありがとうございます。
      初対面では喋れるタイプのコミュ障さんですね。初めて合った美容師さんには自分の素性を一から話せる分、会話のネタがあるということと、緊張してかえって沈黙が気まずくて自分から空気を埋めるように喋るんですよね。そして、散髪が終わったあとはホッとして、我に返ってふと「ああ次合うのは気まずいな」と。

      で、その先日の中年はげ美容師さんに関しては、外見上自身が優位に立てた気がして、それがひいては自分のコンプレックスがなくなったような感覚になり、気持ちが楽になるんですよね。
      突き詰めると、コミュ障とはつまり、コンプレックスの塊であり、自己肯定力の弱さなのかもしれません。