飲み会がつらい、誰の隣に座ればいいのか。。断れないし行く数日前から気が重い件

コミュ障飲み会

こ、こんにちは、コミュ障研究家の安倍です。 さんさんと輝く太陽、季節は夏でございますが、こんなマブしいのは物理的にも精神的にもコミュ障にはキツイですよね。今年の夏は天気が悪い日が続きましたが、ホントこんなので全然OKです。雨曇り万歳!

さて、そんな天気に関わらず生きていれば必ず直面するイベントというものがあります。

飲み会、飲み会ですね。

っていうか飲み会って何だよ、と。集まって酒を喰らってコミュニケーションする、しかも酒を飲むこととは関係ないことをトークする、それって飲み会じゃなくて「話し会」じゃないかと思うのですね。

飲み会というのであれば、もうひたすらいろんな銘柄のお酒を飲み比べて品評会みたいなことをやる、これぞ本当の飲み会でしょう。

でも実際は、飲みにかこつけて話し合う、しかも話の中身は他愛なければ他愛ないほどヨシとされる、これぞ飲み会といふ、これ世のコトワリ。

未成年の若いコミュ障の方には分からないと思いますが、成年して社会に入れば必ずこういう場面に出くわします。仲間内で触れ合う飲み会、これはまだマシなのです。 隠れコミュ障なら十分に対応できます。むしろ酒が入ってラクにすらなりますからね。

しかし社会の飲み会というのは知らない人、苦手な人が平気で絡んでくるわけです。宴会ともなると関わったことがない人間の方が大多数の環境になり、その中で酒を飲みつつ自分の立ち回りを考えなくてはならないものです。そして、あ、話す人がいない、同じ人ばかりと喋っているうちにネタが尽きた、気まずい、、みたいな感じになるのです。 

そうやって段々と、そんなに苦手でもなかった飲み会というものに拒否反応を示すようになるのですね。 

コミュ障飲み会

「いついつ飲み会」と、幹事から連絡が入った瞬間、コミュ障にとってブルーな時間が始まります。だいたい飲み会というものは参加メンバーのスケジュールを調整するためにある程度先の日取りになるものです。

それだけに断るのも一苦労なのです。スケジュールを開けておいてねという意味合いである程度先の日程に決めるものですから、そもそも断る理由というのが「すでに先約がある」とは言いづらいのですね。


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そして何より、コミュ障にとっては断るということ自体がもうその日一日分の仕事に匹敵する大業であるのです。この断る理由を考える時の頭のハードディスクはフル回転です。いろんな案を捻り出し検証する、いやもうそれほどエネルギー使うくらいならもう飲み会参加した方がいいのじゃないかと。

でもムリなんですよね。 

席決めの段階のソワソワする感じ、苦手な人の隣になってしまった時の消えてしまいたい感、そして喋れないからひたすら飲むか食べるかして間をつなぐあの何とも表現しがたい焦燥感。 これ、仮にお金もらっても行きたくないですよね? でも実際は決して安くはないお金を払ってまで苦痛な思いをしにいくわけです。

そんなこんなで飲み会への拒否反応というのはパンパないわけですが、でもこれってコミュ障だけではないのですね。 実は飲み会キライ群は現代っ子では決して珍しくありません。 リア充でもリア充同志なら喜んで参加しても、例えば職場の飲み会は嫌だ、とかはザラにあることなのです。

つまり誰しも嫌なのです。

しかしなぜ飲み会がなくならないかと言いますと、まずはそういう慣習が脈々と受け継がれていることが一つ、

それから、一部の仲良し同志が飲み会を企画して周囲を巻き込むということが一つですね。

おそらくこれは今後もなくりません。少なくとももっと経済が縮小して貧乏だらけにならない限りは。

そこで飲み会にあたり大事なメンタルを供えておきましょう。

■まず参加は徹底して一次会野郎になる。

とにかく一次会への参加率がそこそこあれば周囲から非難もされず、そういう人なんだということでそっとしておいてくれるようになります。

■2時間程度すれば終わると心得る。

飲み会での立ち回りをアレコレ考えるから気が重くなるのです。2時間地蔵になれば終わる、そう考えておきましょう。長いようで短いものです。ワタシは2時間飲み会にいて2、3言喋って(しかも、料理を取り分けてくれた人にお礼したくらい)終わった飲み会など過去何度もあります。 

…さて、そんなワタシは今日、飲み会です。 緊急に決まった飲み会でありながら断る余地のないトーンの飲み会です。もう今からとてもブルーです。明日仕事ですし。。この胸にドーーンとデッカイ岩が乗っかっている感じ、ツラいというか重いのですよね〜。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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