スタバとかのオシャレなカフェとかバーとか苦手ならコミュ障

カフェ、バーコミュ障のあるある
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…あ、あのあのあのあの、こんにちは。コミュ障研究家の安倍です。

今日アスペルガーの人(※高機能自閉症と呼ばれる、知能レベルは普通かそれ以上でありながら人との接し方が分からずコミュニケーションを上手くとれない人)の動画をネットで検索して見ていましたが超ブルーになってしまいました。 もしかすると私たちコミュ障もそのアスペルガー症候群の可能性を否定できないわけですが、それでも自分はそういう発達障害の部類ではない、、、はず。。と心のどこかで思っている節があることでしょう。 でも分かりません。 このコミュ障のツラさってある意味アスペルガーに準ずるものがあるのではないでしょうか。 

くれぐれもこういう類の動画はコミュ障諸君にとっては閲覧注意です。ワタシは閲覧後、グゥウッと気分が落ち込んで、今日はコミュ障率MAXに発動してしまいました。バリアを張って誰も寄せ付けないぜオーラをモロに放ち、一人ぼっちをしておりました。本当の孤独は一人でいる時ではなく誰かといる時に感じるものですよね。 そしてこのコミュ障が対人関係で落ち込んだ時のモードはもう絶望的気分ですから最悪です。マジで消えてしまいたい、この圧迫感、劣等感、息苦しさは何なのかと。

はい、でもワタシはこのブログを書くために頑張りますよ、コミュ障がどこまで限界に挑戦できるのかトコトン試してやる!ボッチ万歳!異性と喋れない万歳!初対面で盛り上がった後の2回目以降の対面万歳!激しいコンプレックス万歳だコノヤロー!この世は修行なり。

 

はい。でもそんな重苦しい話をしても仕方ないので本題に入りたいと思います。

本日お話したいことは、コミュ障の苦手な場所ですね。

 

前述で触れたアスペルガーの人は蛍光灯の光など、明るい光の下にいると著しく脳機能および身体機能のパフォーマンスが著しく低下するそうですが、コミュ障も過ごす環境を選ぶ傾向にあると思います。 ちなみにワタシは運動神経はなぜかいい方ですが、その時の環境やモチベーションによってまるで別人のようになります。スポーツをしてもただ相手が上手いからとかではなくホントに運動音痴みたいになる時があるのです。足がもつれてヨタヨタするとか。 

 

このようにコミュ障とか内向的な人っていうのは、高反応なのです。 これは自閉症的な気質なのですが、過剰反応する節があるのです。例えば急に名前を呼ばれるとビクッとなりますよね? そりゃやましいことがある場合は誰でもそうなりますが、コミュ障の場合はお天道様に恥じるようなことをしていなくても、名前を呼ばれるとビクッとしてしまう、これあるあるかと思います。 つまりはそれだけ過敏なのですよ。

 

はい、ここまでの文章をご覧ください。本題に入ろうとしてここまでダラダラと引っ張ってしまいました。もう情けないですね。

では気を取り直して、コミュ障の苦手な場所について触れたいと思います。

 

オシャレなカフェとかバーとか苦手

カフェ、バー

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アスペルガーの人は蛍光灯の光が云々と先ほど触れましたが、これに関し、コミュ障の人って暗い場所も意外に苦手な場合がありますよね?本来コミュ障とかの性格暗いバターンだと暗いところを好みそうですが。

何が言いたいか?

 

例えば、スターバックスとかのオシャレなカフェはだいたい照明が暗いものですが、コミュ障にとっては決して居心地がよい場所ではないはずです。合わせてオシャレで落ち着いたバーなんかもまずコミュ障には息苦しい空間である、でしょう?

 

スタバとかだと、あの入店してからレジに向かうまでのドキドキ感、何を頼んでいいのやら分からずレジでモジモジしてしまう感じ、どうしようもありませんよね。 これがリア充だと、もう初回訪問時からレジへまっすぐドカーーンといって、何を頼んでいいかわからなくても店員さんに聞けるのです、これコミュ障にはできない。

同じくバーとかもそうです。まず外から見た感じのあの重厚なドアが怖すぎる。中で ボったくられるんじゃないか?とかそういう怖さではなくて、どんだけの数のリア充が生息しているんだ、&バーテンダーに話しかけられたらどうしようウゼーという怖さですね。

 

え?

そんなオメーはそういいながらよく行ってるっぽいじゃねえか!

 

という突っ込みが今聞こえましたが、いやいや自分からいくわけないでしょ、そんなものスタバとかのオシャレなカフェもバーも全部断れずに人についていっただけですよ、と。 もちろん注文するのはその人たちの状況を見て最後に注文しますよ、と。

 

かくしてコミュ障の暗がり好意論は抹消されるわけです。

オシャレな空間というものは概して暗い演出をしているものですが、そのオシャレ感それ自体がすでに光では説明できないまばゆさをもち、コミュ障にとっては、ドラキュラでいう十字架のようなものなのですね。

 

ツラさの本質

でもこういうツラさって何が原因なのでしょうか。

その本質はこうです。

リア充とかだと何のことはない日常のことがコミュ障にはできない、でも世の中にとってコミュ障は正式な障害として認められないわけですよ、こんなにハンデを背負っているのに。これがツラさの原因ですわ。 身体障碍者の方もきっとそうだと思いますが、健常者なら何の気なしにできることが難しい、これこそがツラさの本質なのです。 誰がやっても難しいことは出来なくて当り前と思えるからツラくても耐えられるのです。 例えば人前で何か発表する機会があるとする、これは少なくとも日本時なら誰しも苦手とすることなので、コミュ障である自分ができなくても納得できるというわけです。 

しかし、

コミュ障に生まれた以上、現世は少なくともこの魂を背負って生きていかねばなりません。

 

コミュ障でツラいのはアナタだけじゃない。これを肝に銘じて仲間がいるんだと信じて生きていって下さい。この人生を損している感は確かにハンパない、でも大丈夫、それはコミュ症じゃなくても同じで嫌なことは毎日あるしヘコむことなんて多々ること、らしいですから。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人

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