コミュ障の才能・メリットはクリエイティブさ

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こ、こんんちわ、コミュ障研究家の安倍でございます。 今日も酔っております。コミュ障やっていますとどうしてもストレス過多でやりすぎてしまうのです。

ちなみにワタシはコミュ障のくせにそれを克服すべくルート営業をやっているのですが、今日は営業先で2時間も待ちました。 なぜ待ったか。それはワタシより先にアポイントをとっていた営業マンがガッツリと先方の営業先担当者と話し込んでいたからです。 いやぁ陰から見ていましたが資料とか何にもなくただの立ち話で2時間も会話するとは、、もうコミュ障にとっては理解の及ばない芸当でございます。

でも裏を返せばそれを2時間えんえんと黙って待てるワタシもすごいですよね?

そう、

コミュ障とリア充もまた同じでお互いに光と影があるものなのです。

リア充のイイところ、コミュ障のイイところ

リア充のイイところは、誰にでも気さくに打ち解けられる人間力、周囲を明るくする力です。

そしてコミュ障のイイところは、、、 

…思い浮かびません。。

なーーんて片づけるのは早計です。 コミュ障がコミュ障で悩むのは結局、美徳とされるリア充の価値観に侵されただけにすぎません。 黙々と現実的に何かをこなしていく作業はリア充には務まりませんしね。 なぜかというと、コミュ障が黙っていればいるほど気力が充電されるのに対し、リア充は誰かと話していないと充電されないからです。 つまりは、このコミュ力重視の世の中にあってもコミュ障はコミュ障なりの強みがあるというものなのです。

しかし、世の中の就職市場においてはコミュニケーション能力市場主義がもてはやされ、かつての職人的な作業力というか実践力が軽視とまではいかなくても加点評価されない風潮になっているのです。

と、世の中のせいにするのは簡単ですが、結局は自分次第です。

自分が学業なり仕事なり自信をつけるべく努力し、実力を身につければ自ずとコミュニケーション能力は補えますし、何より自分に自信がつけば自然に話す力もついてくるものなのです。もちろん高飛車になって上から目線で話して人に嫌われるのはよくありませんが、他人をリスペクトした上で堂々と自分の意見を主張する、これができればよいだけです。これは努力でカバーできる範疇かと思います。


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コミュ障の究極のメリット、それはクリエイティブさ

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今一つピンと来ないかもしません。

基本的に無趣味で、趣味があったとしてもオタク的な感じの暗〜い感じの志向がコミュ障的であるからですね。

でも實は、その気質というのはとてもクリエイティブな素質であるのです。

一見すると、性格が明るくて楽しいことが好きな性格のリア充が面白い企画を思いつくものと考えられていますが、実はそうではありません。 リア充が思いつくことというのは楽しい反面、革新性とか独創性という点ではやはり刺激がないのです。 結婚式の余興とかでは無難なのですが、なんか弱くインパクトがないのです。

それに比べコミュ障の発想はクリエイティブです。

やっぱり神の設計図はゼロサムゲーム、コミュ障というハンデを背負っている分、別の才能を与えてくれています。それは無から有を生み出す力なのです。

コミュ障はその気質ゆえに他者と容易に関わることができません。 それは裏を返せば感性が独特もしくは繊細な神経を持っているからなのですね。

その結果、出力される発想もまた常軌を逸したクリエイティブなものを持っているのです。

でも中には「いや自分はコミュ障だけど、何にも面白味がない人間だし、発想も貧困だけど。。」

と否定される方もいるでしょう。

ここは大事なポイントですが、そのコミュ障のクリエイティブさを出すにはある程度のプレッシャーが必要なのです。 どうしても何かを着想しなくてはならない、その状況に追い込まれた時にそのスキルが心の壁を破り、自分でも信じられないような発想をするのです。

ただ残念なのはだいたいのコミュ障が、そういう才能を秘めていながらそれを披露することを遠慮するがために本気になれないのです。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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