会社生活、上司との同行が嫌、同僚などとの乗合いが嫌

車運転

こ、こんにちは。

先日本屋で立ち読みをしていましたが、フラフラ〜と宗教関係の本のコーナーに立ち寄ってしまい、そこで仏教の本を手に取って読んだのですね。

そこで目に触れたキーワードが

「すべては苦しみである」

というものでした。

そう、この世は苦しいことだらけでいくら一つの欲望を満たしたところでもっと、もっとと欲しくなる、そして永遠に満たされることのない理想と現実のギャップで思い悩んで苦しみ悶えるというものですね。

だから、いくらコミュ力を磨いてリア充になったところで、そこでは新たな苦しみが待っているということです。

つまり、コミュ障でも考え方一つで幸せにはなれるのです。 その方法は、、うーん、宗教を勉強することでしょうか、、?? いや、これは永遠の命題でしょう。

それはさておきまして、

今日の話は、仕事人生の中でだいたいの人が体験する、車での乗合体験ですね。

コミュ障はまず閉ざされた空間で人といるのが地獄なのでこれは恐れる対象であること間違いなしでしょう。

上司と同行が嫌

これは特に営業的な仕事、つまり外回りの仕事をする人に多いと思いますが、お得意先とかに上司と同行することがあると思います。

もちろん、だいたいの場合上司を自分の車に乗せて動くことになるので、ただでさえコミュ障、さらにハンドルを握るとさらにコミュ障になるのに(運転している時は人間の本性がでますからね)、それでいて他人を載せて同行などもうそれだけで地獄の極みなのです。

と、


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ここでコミュ障だから、、同行が嫌、と思いがちですが、実は上司と同行するのはみんな嫌なことなのです。 やはり査定される側といいますか、立場が上の人と一緒にいることが疲れるのはコミュ障に限ったことではなく誰でもそうです。

なので、そういう業務も仕事のうち、と割り切りましょう。

車運転

同僚との乗合が嫌

これは人それぞれですが、コミュ障限定といってもいいかもしれませんね。

やっぱり社交的なタイプは、同僚や仲間と車に乗り合わせてどこかに移動するのが好きです。

「他人の足を使ってラクをする」or「道中ワイワイしたい」

という感情が「同じ空間をともにするシンドさ」を上回るのです。 いやむしろ同じ空間をともにする苦痛という感情がないと思います。

コミュ障は違いますよね?

あ、同じ車で移動しなくちゃならないフラグ?と分かった瞬間で胃と胸が締め付けられれ苦しくなるのです。

これはですね、

もう何といいますか克服できるものではありません。 体がまずそのように反応します。

だからもう解決策はありません。 ひたすらその時に備えて上辺だけのトークの引き出しを持っておくことです。 会話のテンプレです。

こういうテンプレを用意しておくことでかなり車中の会話がラクになります。

どんなトークがよいか、それは自身でパターンを練るのが一番です。 ヘタながらでも得意な自分のネタというのは誰しも持っているものですからね。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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