本当は暗いのにムリして明るく振る舞うのはもうやめよう。

笑い コミュ障と将来
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こ、こんにちは。コミュ障研究家の安倍です。

コミュ障って、永遠の課題なんだなとひしひしと感じさせられる昨今です。 いや、もしコミュ障でないとしても、言いたいことを伝えたいだけ伝えるってすごくハードなことです。 もうセンスの領域です。

 

そういうなか、本日はコミュ障はコミュ障らしく背伸びせず自らのポジションを得るために力を注ごうという話、 実体験に即して変換すると、

もう無理して周囲を喜ばせるために犠牲になる、つまり自分のテンションを偽って明るく振る舞うことは辞めようという話です。

ということで、今回はコミュ障ではなく隠れコミュ障向け、つまり演技ができるコミュ障向けの記事になります。

 

人間の本来の素性は変わらない

人間には生まれ持った才能があります。 例えば陸上競技で短距離を究めようとする場合はどうしても母胎にある間にたくさんの男性ホルモンを浴びていなくてはならないというようにいわれるように、やっぱりこの世に生まれ落ちる段階で脳機能としてコミュ力というのが決まっているのではないかと思うのです。

つまり、落語家やアナウンサーのような喋る仕事なんかはおそらく才能なくしてなれるものではないのです。 もちろん努力によってある程度にまではなれるのでしょうけど、その限界を打ち破れるかどうかはやはり天賦の才能を必要とすると思います。

 

ちょっと脱線しましたが、

そういった意味で、コミュ力を無理にあげようと、偽って自分のテンションを高くしたり、周囲のノリに迎合するような形で喋りたくないのに無理して喋る、こういうキャラ作りはあとあとの人生とてもつらいものになるのです。

 

でもイケてる自分に見られたいられたい、という矛盾した欲求。

演技

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でも人間とはそんなもので、やはり社会への承認欲求というがあるのです。

だから、コミュ障だからひっそりと生きていたい、という願望があるのに、明るく振る舞わなくちゃ!という強迫観念(本人の意思と無関係に頭に浮かぶ、不快感や不安感を生じさせる観念 |wikipediaより)があるのです。

 

だからこそ、ここぞというチャンスではムリに明るく振る舞う、すごくしんどいのにです。

でも周囲からはそんなアナタが好人物に見えてどんどんコミュニケーションの場を与えられるようになるわけですね。 飲み会などの集まりに誘われたりイベント事に呼ばれたり、、と。 本来そういうのが嫌いでできれば誘ってほしくないのに偽りのキャラを演じて行かざるを得なくなってしまうという。

 

そんな消耗する人生はもうやめよう

20代、ここまではなんとかムリも聞きます。 無理して明るい自分を演じることもイケイケのリア充たちに合わせることも、すごく疲れるのですけどもなんとか対処できるものなのです。

が、30代になってくると段々と疲れてきます。 逆にここに来て明るい自分を演じ続けている自分に慣れてきた、こういった場合、これはもう才能で、実はコミュ障ではなかったということになります。 そうそれまでの環境によってコミュ障になっていただけであって、脳機能としては十分社会性のある凡人〜リア充の遺伝子を持っていたということなるのです。

でもだいたいは、無理して疲れ切って自分が情けなくなってくるパターンが多いのではないかと思います。

 

ちょっと視点を変えますが、

世界の悩める大衆を救う名立たる宗教の創始者もやっぱり30代半ばくらいで悟っているのですね。

やはり、苦悩がありそれが内部から苦〜く熟成され顕在化してくるのが、やはり30代なのではないかと思います。

 

ありのままの自分でいられる環境を、徹底的に追い求めましょう。 人間は基本的に脆いもので、苦手なことはやはり克服したあともツラいものである、というかダメージを与え続けるもの。 底辺と呼ばれようがコミュ障にとっての理想郷は必ずあるはずなのです。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人

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