才能とは、好きな事の中で、努力量に比例して上達すること

分からない

こんにちは。

さて本日は才能論です。 才能のないワタシが才能のことを書くので読まなくてOKです。駄文です。

コミュ障をやっていますと、その反動で、何か自分にも見返せる技能とか特技みたいなのが欲しいと思うようになります。 やっぱりうまく話せないという対人コンプレックスをバネになにか別のもので補おうとするカタルシスが働くのです。

そんなわけで努力する。

これはいいことであります! やっぱり、コミュ力関係なく、努力する人間というのは強いです。

コミュ力を補うために色んな知識をストイックに詰め込んでいる人を知っていますが、もう喋りの達人です。 それだけ努力はすごいのです。

人より一歩抜きんでるためには。

ただし、ずば抜けようとすると話は違います。やはり、才能がないとその分野では伸びないものです。

一定まではいくのです。 その分野において努力していない素人に比べてれば努力した人はセンスの如何に関わらず上手いものなのです。当り前です。

でも、あるところで成長はとまります、センスや才能がないと。

すると、どうなるかというと、維持するためにどの努力を続けるという修行状態になるのです。

一方、天才とかいう部類はどんなものか。努力すればするほどその他の追随を許さないくらいに上達していくものです。 だから途中で嫌になっても人よりできるものですから、やっぱり楽しくて努力できるようになれるのです。 ふたたび情熱を燃やすことができるのです。

そして、この努力を長続きさせるキッカケになるものはそれを好きになれるかどうかです。最初好きでなくてもだんだんと好きになれるかどうかが、その人の才能を図る上での指標になると思います。


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嫌いなことは途中で心が拒否反応を示して続きません。マジメに根性で続けるとうつ病になります。

だから、才能をはかる入口としては、

1、だんだんとやるうちに好きになっていけるか?

2、それに伴いその技能が上達していくか?

でしょう。

好きになるならないは抽象的ですが、まずは本能的に楽しいと思えるとか人よりデキてみんなに羨望の目で見られて得意気になり好き、というのもあるでしょう。

そこから、後の伸びしろが際限なくあるかないのか、これが才能を決める方程式だと思います。

ちなみに、ワタシは自分に文章を書く才能があると思っていた部類です。 このブログを書きながら、初めは億劫でしたが、だんだんと楽しいとも思えるようになりました。しかし、ワタシには文章で人を引き付ける才能がないようです。 あるところからまったくこのブログへのアクセスも増え無くなり、本来想定していた読者数よりも圧倒的に下回る結果になったからです。 このブログは現時点で本一冊分の文字数がオリジナル記事として存在しますが、やはり惹きつけられれていないのです。 つまりワタシには文才はなく、おそらくこの先、この好きという気持ちもしぼんでいくんじゃないかと踏んでいます。 今はそんなことはないのですが、これは惰性が効いているだけの話でしょう。

そんなわけで、自分の才能を見つけたい方は参考にしてください。 努力に比例して、スランプもそんなに苦労することなく乗り越えて際限なく伸びていく能力こそが、才能であり、その先に天才の称号が与えれるのです。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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