親戚と疎遠になっていく

疎遠ブログ
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こんにちは、HSPどもりーまんです。
さて、親戚と疎遠です。

元々、こどものころから親戚のおじちゃんおばちゃんとかが家にやってきても気恥ずかしくて自分からは話しかけられない、決して嫌いなわけではないけど、なんか話をするのが億劫でした。

同い年くらいの親戚をそのおじちゃん、おばちゃんたちは連れてきていましたが、なんとかそういう子たちとはうまくやれていたワタシですが、それも今は昔。

大人になった今、ザ疎遠。

疎遠です。

ワタシの実家は父親が長男でしたし近所におじいちゃんおばあちゃんも住んでいたので、親戚たちがかえってくる方の家でした。盆暮れ正月にはワッと親戚が集まり、「どもりーまん、大きくなったなぁ」なんてありきたりの言葉があふれかえる環境でした。
そしてワタシはそれに対し、決して不愛想ということはないにしても連れない子どもだったと思います。

「あぅ、、そだね」

とそしてその後はその場を濁し、適当にやりすごす、、
なんて有様ですから、大人になった今、その親戚たちとも疎遠で、今はおたがいに何をやっているのか把握もできていない状況です。


また、この悪癖は困ったもので、
ワタシには甥っ子や姪っ子というものがありながら、ろくに会ったことがなく、(そんなに遠くに住んでいるわけでもないのに。。)すっかり次世代にあっても疎遠なのです。

自分はそれなりに子どもの頃、親戚の人たちにお年玉をもらったり声を掛けてもらったりしていたのに、自分がその世代になったにも関わらず、そういうことができず、いまだに子どもの頃のシャイなまま、なのです。

ですから、
成長していない。

残念なことであります。
でも、ワタシは親戚にも気を使いヘトヘトになるものですし、
ましてや弟の家族とかとなるとどう接してイイのやら戸惑い、苦悩してしまうものですから、会うたびに気まずく、そういう「触れてはいけないオーラ」を滲ませるものですから、
寄りつかず疎遠になっていくのでしょう。

でもこのままだとやばい。
親族の死すら、後から遠巻きに聞こえてくるような状態ですから、もう絶縁状態といってもおかしくないような状況なのです。

このままいくと親の死すらまともにとらえられないほど疎遠になるのではないか?

自分自身の欠落したものを、ああ若い頃はこういう自分も浮世離れしていて素敵だと思えていたのですが、40歳近くにもなるとそうもいかず、不甲斐なさを身に染みて感じている次第でございます。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人

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