そばにいるだけで気まずい

気まずい二人

こ、こんにちは、ああ、最近は寝すぎてしまいます。心機一転、早起きを心掛けて生活をよりよく整えて、コミュ障を少しでも治そうと健全にすべく、夜10時に布団に入っても、結局、朝8時前とかに、目覚ましのスヌーズと戦いながらやっと起きている状況で、結局睡眠時間が長いだけになっております。 やはりコミュ障であるがゆえにこの世の疲れがひどく、起きるのを憂い、眠ってしまうのでしょう。 ちなみに起きてからも寝すぎて一日中ボーっとします。 もうこうなったら強制的に19時くらいに寝るしかないのですが、それだと生活に異常をきたしそうです。

さて、ダラダラと前置きをしましたが、今日伝えたいこと、それは、ふと、最近になって、あっと、感じたことなのですが、気まずい人とは、ただそばにいるだけで気まずいんだな、と思う現象についてです。

二人で喋っていて、無言の時間が来ると気まずくて居心地悪くなって脂汗が出そうになるのはコミュ障なら誰でも経験しているかと思います。 これはよく、黙っているから気まずいのだと思いますが、いや、どうやら違いますね。

気まずい二人


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改めて思ったのですが、無言でも許される状況下、例えば授業や講習などを聞いている間でも、隣合わせるだけで何かソワソワして気まずいような気ぐるしい感じになるのです。

よく、人間には、パーソナルスペースといって、親近感に応じて落ち着くその人との距離というものがあり、そのラインを超えて近寄られると警戒して身構えてしまう、という心理学的知見がありますが、まさにそのラインが、いつまで経っても縮まらないのがコミュ障というわけですが、 仮によく知った顔同士であっても(親睦度は別として)、隣り合わせるだけで苦痛という。

ただ、黙っていてもいい状況下であっても隣り合わせるだけで気まずいというこの現象。

当然ですが、デフォルトでそんな状態なわけですから、普通に喋って会話が噛み合うわけがありません。

というか、逆に言うと、会話が噛み合わない本質はこの緊張状態にあるのではないでしょうか。

人間誰しも、喋っていて無言で沈黙の時間が続くと気まずいものですが、これは沈黙するから気まずいのではなくて、

気まずいという先入観であったり元々の心構えがあるから、沈黙を意識して、結果として本当に会話が続かない無言モードになるのではないのかということです。

なんという、惨劇。

コミュ障は戦う前からすでに、負けているのです。

抗え、その感情に。

平常心であることでもっと頭のコミュニケーションを司る脳の部位の活性は進み、きっともっと気の利いた返しができるはずなのであります。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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