人生とは時間配分の集大成、つまりコミュ障でも何か取柄はあるはず!

プレゼン

こ、こっここんにちは。コミュ障の安倍です。今日も過去を悔い、未来を憂うという不毛な時間を過ごしてしまいました、、過去は変えることができず未来はいつ何か起こるか分からず悩んでも無駄だというのに。

そしてその結果気分が盛り上がらず口数が少なく、陰鬱な感じになる、

つまりはコミュ障のノリになってしまうという流れです。

そう、コミュ障っていうのは、コミュニケーション能力不全以前に、心の持ち方として上記のような悩み癖みたいなものも影響していると思うんですよね。 でも一説によれば頭のいい人は思い悩みやすく、逆にいえば考えすぎて気分が滅入りがちな人ほど頭脳明晰とも言えるそうです。

はい、前置きが長くなりましたが、

そんなコミュ障でも一つ言えること、それは、

人生とは時間配分の結晶であり、今のあなたはその集大成、ということであり、コミュ障で周囲になじめないアナタはそういう生活の時間配分をしてきたからということです。

これはすごく当たり前のことを言っています。

人間は持って生まれた能力というものがありますが、これは割と均等に与えらえていて、ある人は話すのが上手い、ある人は運動が上手といった具合に、必ずしも全部ダメというわけではないと思います。ある能力が高いとある能力が低い、トータルで見るとその差はゼロになるという具合です。

そしてアナタがコミュ障になったということ、これはつまりアナタに別の才能があるということでしょう。

いや、厳密には才能がなくてもいい、ただ人生の時間配分において、人とコミュニケーションすることを差し置いて何か別のことに時間を注いだ(傾倒した)ということです。

結局のところは、変り者であることには違いないのでしょう。 だって普通は人相応に社会性(コミュニケーション能力)を身に着ける、つまりこれは大多数と同じような社会生活を送ってきたということだからです。 


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大多数がするような生活を集団に合わせてやってきたという人はコミュ障ではなくなるのです。しかし、人とは興味の対象が外れて別のことに時間を費やしてきた人はコミュ障になりやすいのではないでしょうか。

ワタシもまた、小さい頃もマンガにもゲームにも今一つのめり込めないタチでどちらかと言えば勉強したり本を読んだりするのが好きな子供でした。 オシャレなんかもあまり興味がなかったです。 やはりそうなると周囲のコミュニティと話が合わなくなって浮いてしまい、コミュニケーションする場がだんだんとなくなり、やはり社交ベタな感じになってしまう、人と対峙すると気後れするというような感じになるというわけです。

だから、コミュ障を自認するアナタはコミュニケーションに費やす時間がなかっただけです。

しかしその原因は、周囲と違う生活を送ってきたから。 その間アナタは寝ていたりボーっとしていたわけではなく何か別のことに没頭してきたはずです。

よって、今後アナタがコミュ障を治して社交性を身に着けたいなら、過去にやってこなかった普通のこと、遊びなどに興味を持つことでしょう。

それとも個性を磨き、マイウェイを究めるなら、もうコミュ力改善とかは諦めてひたすら変人道を究めその第一人者となりカリスマを目指し周囲から注目を浴びるような人生を送ればいいのではないでしょうか。

以上、

とりとめもなく語りましたが、人生は時間配分、つまりコミュ障のアナタにも何かコミュ力と引き換えに人より秀でた能力があるはずです。 それを伸ばすのか、それともひとまずそれは押さえて一般力を身に着けるのか、これはアナタ次第であります。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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