友達がいない人間の末路

避ける

こ、こんにちは。友達いません、管理人のワタシです。いや、かつては居ましたよ、それらしき人が。 でも今ではすっかりおりません。友達ゼロですな。一応結婚して子どももいますが、友達は年を追うごとに失い、また新しい友達もできない中、結果的に誰もいなくなったという印象です、はい。もうワタシを同窓会に呼ぶ者もいなければ、最近では電話やメール(SNSはやっていないので元々通知がくるわけもなくですし。)そういったお便りすらもありません。

悲いぃぃ、寂しぃ、、、

・・・なーんてことはないんですね。

実はそれはそれでワタシにとっては快適で穏やかに生活を送る要因になっています。週末に呼ばれる心配もない、ふいに呼び出しをくらうこともない、そして結婚式に呼ばれることもない、つまりあらゆる人間関係が煩わしいと考えているワタシにとって、友達がいないことはなんのハンデでもないわけです。

が、どうやら世間はそれを危ぶむ見方があり、やはり人間とはコミュニケーションの生き物だから、人とのつながりがないと精神の平静が保てず破綻するという主張が後を絶ちません。確かにいざ地震が来たりしていよいよ身を寄せ合わないと生きていけない境遇に見舞われたら、その通りだと思います。窮地に追い込まれ不安になり、どうすればいいか尋ねる人もいない環境下では頼れる友達・身寄りがないのはハードな状況でしょう。

でもとりあえず普通に生活している分には、
ひとつのファッションとして「友達が多い」方がいいとは思うのはもちろんなのですが、
ムリに欲しくもないのに、作ろうとするのはどうかと思うのです。

もちろん!


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友達がいないからといって人に対して冷たく、あるいは傍若無人な振る舞いをしているわけではありません。ワタシの場合は、清らかです。基本的に誰に対しても敬語ですし、タメ口を聞いても柔らかいです(お前、とはまずいいません)。自分が悪くなくても相手が怒っていたら謝るし、自分に優先的な権威があろうとも人に譲るたちです。簡単に言うと奥ゆかしい、遠慮深いというのでしょうか。悪く言うと自信がなくオドオドしているともいえるでしょう。
しかしそれであるがゆえに、人はワタシになつかない。
嫌うというより、敬遠するという印象です。 
会えども会えども距離が縮まらず、むしろ遠ざかり、まるで初対面の人よりもよそよそしくなるこの感覚は自分でも不思議です。同じ太陽系にあっても一度近づけば遠ざかっていく、楕円の軌道を描く彗星のように(もっとも彗星のように再び近寄ってくることがないのは説明するまでもなく)。

で、長くなりましたが、
そんな友達がいない人の末路はどうなるのか、客観的にご説明したいと思います。
ワタシは決して不幸ではなくむしろ幸せだと説きましたが、これだけだとまだ細いですよね。

そこで出てくる根拠がこちらです。

■「友達ゼロ」の人の末路
→何の心配もいらない。友達は無理に作るものではない

 明治大学文学部の諸富教授によると、「一人の時間を過ごせる力」はこれからの時代ますます大切になってくるらしい。群れることが当たり前になると、自分が何を欲しているのか分からなくなり、いざという時心のバランスが保てなくなるのだそうだ。
By:宝くじで1億円当たった人の末路  鈴木信行

だそうです。
お一人様、まったく問題ありません。
やっとワタシもこういう言葉に巡り合えました。



アナタは私と似てる?>>管理人はこんな人






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