人生って時に理不尽で、ときに歓喜の甘い時間があり、と、とっても波乱に富んでいるものですが、これが、優柔不断な性格をしていますとそうした周囲の状況に振り回されるなんていうことが往々にしてあります。盤上でコントロールされる駒のように、自分の思惑とは別に強大なる力に支配されてただ疲労感と終わりのない徒労に支配される無力感、翻弄、、こうしたことに、人は生きる意味を見失いがちになるものです。
さて今回はそんな、つらい社会生活を送っている読者様から投稿いただきましたのでご紹介させていただきます。
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群馬県:H/Kさん
年下の上司にお前呼ばわりされる43歳おじさんの私
管理人さんこんにちは。
若いころは万能感に包まれ自分は人よりも才気に秀でた逸材だと、何も成し遂げていないのに根拠のない自信がありながら(実際の性格はおとなしくて自己主張のない性格なのですが。。)、気が付けば世間にもまれてすっかり自分は大したことのない人間なんだと自覚し受け入れるようになってきました。
簡単に言うとしがないサラリーマンです。
本来私は新進気鋭のアーティストだったり、奇抜のタレント的な、そんな唯一無二の存在価値があると思っていたのですが、それはどうやら世間知らずの誇大妄想であったようです。
気が付けば職を転々として、長く続いてそこそこいい立場になったのに、後輩たちを引っ張るポジションに「自分のキャラではない、リーダーシップなんてないし、一人で黙々仕事したい」と新しい仕事については一からで、結局下っ端を抜けきれず、新しい職場で長年いても今一つ出世しません。
おかげで舐めれられて、、
とうとう今日は勤める会社でショックなことがあったんです、聞いてください。
年下の上司から、
「ちゃんとやれよ、お前ぇ!!」とお前呼ばわりされました。
ぼさっとしてるそうです。私は。
「いい大人なんだから、やれよ!お前!!」
ああ、このお前という言葉は、
なんて丁寧な表記でいて侮蔑的なのでしょう。
お前、きちんと「お」をつけている、お菓子、お土産、お小遣い、お手伝い、、
きれいですよね、日本語って。この「お」という一文字を冠するだけで丁寧で大事にしている風合いになるのです。
しかし、これがお前、となると別です。
侮辱されて頭がおかしくなりそうです。
お前だと!?
でも言われた自分を納得させるために、お前という言葉はその昔、相手を敬うためにおんまえ、御前といったんだ、つまり、相手は自分のことを丁寧に扱ってくれたんだリスペクト、と思いながらも、そんな無理やりな思考をして自分をごまかしている徒労感とやるせなさ。
でもその年下の上司は容赦なく、畳みかけるように上から乱暴な言葉で責めてきます、詰めてきます。
もう、嫌。
正直人間は、仕事のきつさよりも、こうした人間対人間の自然な関係を覆される状態のほうがずっとストレスを覚え地獄を感じるのではないでしょうか。
同じ成果を求められても、つまりはこうした上司との関係性のほうがずっと大事です。
優しく「前年比120%はやってね」といわれるのも、「前年比120%必達、でなければ許さん!」などと脅されるようなマネジメント、はっきりいって私のような従順な人間にとっては、どうアプローチされようが成果は同じです。それどころか、後者のようにプレッシャーをかけられると、なんだか給料に見合わない過重労働を強いられているようで、モチベーションが上がりません。
脱線しましたが、この「お前呼ばわり」、それも年下からはいくら上司であっても、遺伝子レベルでアレルギー反応を起こします。もうげんなりします。
、、、って愚痴っても仕方ありませんね。
それならその年下の上司よりも偉くなれよ、と。
でもそのパワーもなければ能力もない、、なんともこの世はつらい、、つらいです。
いつまで続くのでしょうか。
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コメントありがとうございました。
そうですね、社会に出るとぐっと年齢による上下関係はなくなり、平気で横暴に、社歴が上だからと威張る人が出てきます。
ただそれはどの会社でもそういうわけではありません。
しっかり良識をもった人たちの集まる会社では年上の新人や部下にも敬意を表して丁寧な言葉遣いで接してくれるものです。
転職も踏まえて、考える。
十分に頑張ったのならば、収入が下がっても転職、もいいのではないでしょうか。
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