どもる 吃音 の意味(くちへんに乞う)

吃音 吃る 動詞

どもる、、は、漢字で吃ると書きます。

言葉がうまく出てこない、喉まで来ていて言葉も思いついているのに、喉から先に声となって出てこなかったり、同じ音を繰り返してしまう、音を引き伸ばしてしまう癖がある状態をいいます。専門的にいうとそれぞれ、難発、連発、伸音といいます。ちなみに私は連発型のドモリです。でも仕事は営業をやっています、もうこの記事を書いている2021年現在で営業キャリア15年、この不思議。本題とは脱線しますが吃りながらでも営業はつとまります。

どもるは方言ではない

どもる、、という言葉は漢字で書くと吃音(きつおん)と読みます。

そう、非常に聞き慣れない響きです。なぜならば、この吃音という症状は、100人に1人の確率で発症するものだから、とも言えるでしょう。普段の生活に馴染みがないのです。

それゆえに、どもる、というと方言にも聞こええますが、実際はれっきとした標準語です。最近ではこの吃音にまつわるメディアの啓蒙効果もあり、スポットを浴びて、どもることをどもる、と表現できる人が増えてきましたが、私が学生時代(1990年から2000年代頃はまだ、どもる、とは言わずに、言葉を繰り返す癖、というぐらいの表現でした。だから、当時、どもるんだよね、ということを口にすると、

『どもる?』

と良く友達などに聞き返されていました。それが2020年代くらいにはどうでしょう、『どもるなよ!』とツッコミを受けて笑いを取られるようなくらいにメジャーな言葉となりました。まぁ、この吃音をツッコンで笑いをとる、というのは立派なパワハラにも思えますが。。

幸いにして私はドモリを指摘されてもメンタルは傷つかないので平気なのですが、

(なぜか、吃ることに関してはそれほどコンプレックスではないのです。普通はコンプレックスはできるだけ隠して、、というのが常だと思います。ちなみに私は容姿がイケてなく、低身長、腕が短い、足が短い、顔と頭が大きいデカい、腹だけ出てる中年太りという外見の低スペックさです。チビ、短足、腹ポチャ、などの罵りには対しては反応起きませんし自分でもネタにできるくらいですが、顔がでかいというのだけは何故か気恥ずかしさと侮辱された被害意識、悲しみがあります。ですので、この延長として、吃音に関しては上記でいうチビ、短足というディスりに対する耐性があるように、割りと平気なのです。)

この吃音は当事者には結構キツイのは事実ですね。

言葉の出てこない難発と、初めの言葉を繰り返す連発を併せ持つ私は、職業も営業ゆえに、とても苦労します。一言を発するのにこんなに苦しいなんて。。

※ちなみに私は、幼少期に病気がちで入退院と過酷な闘病を繰り返す中で、5、6歳ごろから吃りを発症するようになったと母親が言っていました。(お、お、おか、お母さんというように、突然、喋り始めを連発するようになったそうです)

少し話しが脱線しましたが、どもる、は、ひょ、、標準語です。

 

くちへんに乞食の乞う、で吃る、の漢字は咆哮(ほうこう)のほう

吃る、というと弱々しい印象ですが、なんと、肉食系獣たちが崖の上から闇夜を照らす満月に向かってアオウと吠えるあのシーンや、敵対する獣に向かってガルルルル、ギャオ!と猛々しく発する吠えることを表す言葉、咆哮(ホウコウ)の吃と同じ漢字なのです。

つまり、強い。

咆は吠えるという意味

何故、先人たちは、どもる、この発話障がいに、吃という、吠える意味をあわらす漢字を充てたのか?

それは自分が喋っているところを動画で撮影して貰うと分かります。

妻が子どもを撮影するスマホの動画の中に、よく私の喋る声が混ざるのですが、滑舌が悪く、モゴモゴとして、まるで獣が唸っているような声色なのです。

これこそが吃音の文字の由来か!?と。

でも、良く見て下さい。

咆哮の咆は吃音の吃とは違います。

似ている漢字ですけど違うのです。ミスリードを誘い申し訳ございませんでした。

吃を使う漢字

吃音 吃る

吃を、用いる漢字を見て見ると分かります。

吃逆(きつぎゃく)=しゃっくり

※吃逆と書いてしゃっくりと読むのではなく、その『きつぎゃく』という医学的現象を俗にいう、しゃっくりのこと、というのを覚えておきたいです。

ウィッく、となるあの現象。

物理的には肺の横隔膜の痙攣により空気が喉に押し出されると同時に反射で喉が締まり、口笛のような効果を生み出し、うふぃっ⇧となる現象です。

絶妙な漢字の充て方だと思います。

吃る、という現象は身体でコントロールすることができません。しゃっくりもまた生理的現象であり、コントロールができないのです。そう考えるとという字には、思うようにならない、という意味あいもありそうです。

口へんに乞う、生命の危機を感じ、乞わずにはいられず口をついて物乞いの言葉が出てしまう、意のままにならない人生が、この吃という漢字に込められており、またそうなると、この吃音という現象も意に反して同じ言葉を繰り返したり、伸ばしたり、出てこなかったり、とその不自由さを物語っている、そういうことでしょう。

吃る時の心理

基本的に独り言をいう時でも、言葉を連発する吃り癖のある私は、生粋の吃りと言えます。

やや誇張しました、が、

何かのスピーチを練習しようと、カンペ、台本なしで一人で声に出して練習することがありますが、この時に吃ります。

『こ、このたび司会をさせていただきます、田中と申します』

という具合です。

難発と連発の吃りを有する私(音を伸ばすタイプの吃音は持っていません)ですので、とにかく、喋ることには非常に苦労します。

しかし、本当にそうでしょうか。

妻に聞くと、私の寝言は吃っていないそうなのです。

つまり、やはり吃る心理状態が存在するのだと思います。

独り言を言う時に吃るという解説

その独り言の内容ですが、意識的に発している、前述のような、、つまり何か人前で話す場面を想定するような独り言は、どもってしまうようです。

これは私のことですが、お風呂でシャワーを浴びながらどうやら何か独り言を発しているようですが、この時、精神は空想の世界へと旅立っており、この時の入り込み方が尋常ではないようで、どうやら吃っているようです。つまり、対人ありき、ではなく、その時にどういう気持ちでいるかが問題になるようです。つまり、仮に一人であってもドギマギとする心境にあっては、この連発のど、吃りが発動するということです。

チックなのか?

チックという症状をご存知ですか。

チックとは思いがけず、、反射的に出てしまう動作、発作とも言えるでしょうか、そういう現象を言います。肩がクイックイッと上ったり、顔が引き攣ったり、そういう不随意の反復動作をいいます。つまり、吃りも、これ完全にコントロールできない範疇のものですから、チックとも言える現象です。注意欠陥や多動などの発達障害、つまりはADHDなどの障害、また疲労やストレス、トラウマなどが引き金で起こったり併発したりするようです。なるほど、私自身を振り返っても、AD HDの気があったり、幼少期のトラウマが原因となっていることが考えられます。

大人になって改善したものの、、やはり、ちょっと焦ったり、不意な質問を受けた時、急かされた時、怒られた時は、顕著に吃りの症状が、おもしろいくらいに表にでます。

それは、それはですね、というように、一つの音だけ出なく、文節単位で吃ることもあります。確か確かやったと思います、その通りその通りです。という具合です。

このせいで、私は、学生の頃の部活で先輩からの指導に対する返事をする時も、

 

はい!はい!

 

と吃り、これが二度返事に捉えられて、思わぬ因縁をつけられることもありました。

 

 

■当記事は執筆中です

マスクで口の動きが鈍り滑舌が悪くなる

人に何を聞き返す時に、申し訳なくて吃る

吃るのを真似される

新しい職場などで先輩上司に何かを尋ねる時に怖気付いて吃る

 

吃りをコンプレックスに思うな!

 

多分、吃りは治らない

 

吃音は人に馬鹿にされる

 

吃りは後天的?

吃音持ちは天才説

 

APDという病との関連性

 

コメント

  1. ともした より:

    どもる小学生です。お、お、お父さんとなります。
    同級生から馬鹿にされて悩みます。でも、この記事を読んで、自分からどもることをいうことで馬鹿にされなくなることを学びました。

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