愚痴寺、という愚痴掲示板とは

愚痴寺 イラスト 雑学

愚痴り寺という愚痴を吐くための掲示板がネットにあります。人は不思議なものに、特別動き回らなくても、精神的なストレスを抱えるだけでぐったりと体も重くなり心も疲れ果てくたびれてしまう繊細な生き物です。特に日本人は和を以て貴しとなす性質から人に気を遣って自分を犠牲にしてくたくたになるという自己犠牲のメンタルを持ち、オモテナシという言葉に代表されるように無理して他人に尽くす、尽くすとは言わないまでも自らを押し殺し人に迷惑をかけないようにしようとする文化があります。むしろ遠慮せず思っていることを口に出すほうが人間関係はうまくいく(敵もできるけど、味方と深く付き合える)というのに、、そしてなんとなくそれを体験的に気づいているのに、多くの人は無理をします。

だから、愚痴がたまります。

愚痴寺 イラスト

ちなみに当の私も毎日愚痴をいいたくなるほどに、仕事でも家庭でも疲弊している40歳中年サラリーマンです。話すことが苦手なのに営業の仕事についてもう長らくになります。家庭でもやんちゃな子どもたちにかまってくれとせがまれて辟易としています。

愚痴はため込むと毒

誰かとは言わない、人でなくても愚痴は吐いた方がいい

そんな時、誰に愚痴を吐くのか?

仕事に家庭に忙しい中年サラリーマンはとにかく愚痴をはく暇すらありません。私は毎日愚痴をため込んでいる始末です。愚痴が心の中にたまり、毒。デトックスしないと滅んでしまうことでしょう、この魂。ストレスから酒の量も増えてろくなことがありません。

そんな時、だれかに聞いてもらえなくても、外に出すことで少しでも解消される場所があれば幸いです。

今はネットの時代、ネットに書き込んで浄化することができます。

昔と違って、ひとり山にこもって藁人形に五寸釘で打ち付ける必要もありません。(そういえば私が小学校時代、友達と遊びに行った裏山の畑の奥の木に藁人形が釘で打ち付けられていたのを思い出しました。あれは子ども心に衝撃が強く、人間とはなんと闇の深い生き物なのだろうかと、薄気味悪く暗い気持ちになったのを思い出しました)

また、王様の耳はロバの耳のイソップ寓話に代表されるように、一人で秘密や悩みを抱え込むことは心身に毒で、やはり、井戸や森の中など、例えそれが誰に聞かれなくても(イソップ寓話では露見して広まりますが)、何かに吐き出すことは心身の浄化に必要なことです。

ただ、どこでもかしこにも書き込むのもこの現代は怖いです。匿名掲示板などではかえってボコボコにされますし、ヤフー知恵袋のようなQ&Aサイトなども、反論のような意見を返されたりと、ナイーブな人にとっては安心できないのも事実です。

そこで調べてみると、愚痴り寺という愚痴専用サイトがあることを知りました。

実は私も、人知れずここにひっそりと書き込んでいました。

「●あのマウントパワハラ上司に、また理不尽な八つ当たりをされ、みんなの前で怒鳴られた、、」

「●無茶なスケジュールで指示してくるの辞めてほしい」

「●私が癒し系で怒らないからといって、つけあがってストレスのハケグチに当たり散らすのやめてほしい。もう何をいっても、〝そうじゃねぇだろう!!” などと言われ、メンタルが崩壊しそう。怒鳴られたあとしばらく放心状態で仕事もろくに手が付けられず、効率もいちじるしく落ちる」

「●とにかく人前で詰めるのだけはやめてほしい、尊厳が傷ついて会社自体が嫌になる」

という、おもに仕事の愚痴と、あとはやたら私を責めてくる妻の愚痴について書き込んでいました。

しかし、たまに自分の投稿をみると、他の投稿者に反論されていたりすることが少なくありません。そういう意味では、一度投稿したら、もう見ない、という使い方がいいのでしょう。でもまた見てしまう。。

本当は愚痴など吐かなくても生きていきたいのですけれど、なかなかですね。

どうしても人より過敏なHSPです。気にしなくてもいい些細なことに囚われてそれに思い悩み、人に批判されては引きづって目の前のことが手につかなくなったり、先々の事を杞憂し今を生きるこの瞬間の気の重さにおし潰されそうになったりと愚痴りたくなる要素は日々の生活で満載なのですから。

 

愚痴の種類

仕事のこと、しかし突き詰めれば人間関係

仕事のことで悩み、愚痴りたくなるわけですが、これはつまりパワハラ上司ばかりの職場であることに起因します。どうしてあんなに人を奴隷のように扱うことしか考えていないのだろう?怒鳴って詰めて委縮させて、強引に従わせる。

そんな職場にいるだけでストレスホルモンが分泌されているのが自身でわかります。何もしなくても、そこにいるだけで心が苦しいのです。ただでさえこの様子ですから、日々いろんなことが起こる営業の仕事において、愚痴が出ずにはいられないことは必至です。

家庭のこと、やっぱり突き詰めれば人間関係

妻の事

私の妻は気が強く、とにかく気に入らないことがあると当たり散らします。つまり私は職場でも家庭でもパワハラを受けていることになります。

これはつきつめてみると、おそらくは、私がナメられやすい穏やかな性格をしているからだと思います。

こどもの事

こどもは当然何も悪くないのですが、私はどうやらこどもと遊ぶことが苦手、とまでは言わなくても、ちっとも楽しいと思うことができないひねた性向です。日曜の朝、こどもに布団の上から飛び乗られた瞬間から、もうものすごい気怠さを覚え、また日中も所用をしているときにひっきりなしにせがんでくる「ぱぱ遊んで」攻撃、いくら相手をしても足るを知ることのないその遊びに対する飽くなき欲情は、この中年おじさんをクラクラさせずにはいられません。

 

とにかく安らぎたい、

悩みなく生きていたい、そう願うばかりです。

、、、という、愚痴を書いた記事でした。

コメント

  1. 課長補佐 より:

    嫌な上司が去ってまた一難、組織とはうまく出来ていて、結局誰かが嫌な役回りをして来るので、愚痴の総量はゼロサムゲームとなる。それならばいっそ考え方を変えて、組織の理論、各階層における悩みを宿命と捉えて、またこれも給料のうちと達観する方が吉ではないか。人は成長しなければならない、成長とは理想と現実のギャップを埋める作業、そして、理想とは絶えず現実から距離を保つ性質をもつため、理想を追い続ける会社のような組織は理想と現実の調整をやっている、そのため絶えずムチを受ける状態となり、人は不平不満を抱えずにはいられないのでしょう。
    そこで踏ん張れるのが、自分は周囲よりこの点で優れていらという優越感です、その些細な優越感でギリギリ頑張れて、これが皆無だと組織を離れることになるでしょう。係

  2. 中年サラリーマン氏 より:

    今日もまためちゃくちゃに怒鳴られてしまった。。
    人のブログで愚痴って申し訳ないですが、もう人生、定年まで残りあと二、三十年ある中、こういう毎日の連続かと思うとゾッとします。でも逃げ場はなくて仕事はやめられない、、こうやって耐えるだけの人生って、死ぬ時後悔しないだろうかと悩みます。でも目先の生活の為に仕事は辞められないというジレンマ。。

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