INFPは友達がいない、という意味

INFP 友達いない 専門用語・業界用語

INFP型には友達がいない、と悩む方も多いかもしれません。表面的な人間関係に煩わしさを感じる、とまではいかなくても、長い時間いると心が消耗してしまうことでしょう。しかし、友達がいないことが寂しいのではなく、周囲でぽつんとするのを見られるのが居たたまれないだけかもしれません。友人と言わなくても、信頼できる家族や先輩後輩、先生、そういった方が1人、存在するだけで大きく違うことでしょう。

※※

infpというのは、この記事に検索サイトからたどり着いた方ならご存知かと思います。

これはMBTIという性格診断でいう1つのタイプです。

まず象徴的なのが、この気質を表す「i」のアルファベットです。

インナー、つまりは内向的なタイプで興味の対象がほぼ自分に向いている人です。

簡単にいうと自分一人の世界を愛する人です。

誰かといても意識が内に向くため、的確な会話のキャッチボールが苦手と言えるタイプです。

真面目なので他愛のない雑談が、どこか後ろめたいような気がして、とくにフォーマルな場であるほど、うまく繰り出せません。

一般論として語ってしまいましたが、かくいう私もネットにある、性格診断をしたらINfpと出ます。

そして、友達は多くはありません。というより友達はいないです。

打ち解けられない

早い話が人に遠慮して打ち解けられず、結果として人との距離が縮まらず、結果、相手も遠慮して遠ざかるというものです。水清ければ魚棲まず、遠慮することが世間に対して清明であるとはいいませんが、いつまでたっても距離感を一定に保つ人に対して、人は違和感を覚えるものでしょう。やっぱり、コンタクトを重ねるごとにフレンドリーになることが、相手に対してのいい意味での敬意であり好意です。

言葉遣いをなれなれしくできるか

言葉遣いに特に現れると思いますが、とくに友達ができにくい人はどちらかというと、丁寧な人がおおいのではないでしょうか。もしくは無愛想な人です。逆に、人に嫌われそうなタイプと思われがちな、自己主張の激しい人は意外と見方もまたいて友達が多いものです。

でもその丁寧さはただ自分が嫌われたくないだけかもしれない

その丁寧さ、人に対する配慮もでき、図々しさもない。

なのに、人に近づけず友達と呼べる人がいない。いつまでたっても知り合いの域をでない。

それは、人に逆に人に対して嫌われたくなくて振舞っているからで、そこに心がないからかもしれません。

人と仲良くなる(=友達になる)ということは、心が通じ合うということといえると思います。

そこに打算(損得を見積もること。ここでいうと相手に対して嫌われたくない、いい人でありたいという思いが先行すること)が入ると、相手も心を許さず打ち解けられないものなのしれません。

でも孤独ではない

INFP型は友達がいない。

わけではないと思います。対人関係に深さを求めるだけで、時間をかけてゆっくりと分かり合える相手はいると思います。ただあまりにも時間がかかって、また不器用な性格から好意を伝えられないだけでしょう。

不器用、それであるがために複数と友達関係を(表面的であれ)保つことも、精神的に取り繕うようで負担に思うのかもしれません。

その人を嫌いじゃないのに、付き合いにしんどさを抱えるようになり、

それがつまり、時間を経て、

友達がいない

そういう思いになるのかもしれません。

しかし、孤独ではないはずです。

INFPだし友達いない、友達いなくて寂しい、というのではなくて、ただ大勢の中にいるときに、友達のいない自分であることが、ただ気恥ずかしいというか、社会的に後れをとっているような気がして、その対外的な取り繕いにコンプレックスを感じるだけかと思います。

孤独ではない、一人の時間が好きだから。

なので、決して友達がいないことは本当の自分の心と向き合った時に大した問題ではないでしょう。それに友達がいなくても、数少ない家族や気を許せる誰か(それは人でないかもしれません)はいるでしょうから、大丈夫なはずでしょう。

友達がいない人間の末路は、、科学的にも不幸にはならない

最後に励みになる研究があります。

明治大学の諸富祥彦教授によると、友達がいない人の末路は決して不幸ではないとのことです。これからの時代、一人で過ごせる力は大いなる武器になるとのことです。この教授は心理学者さんですから、その専門家が「友達いなくてもいいよ」と発するのには説得力が違います。

その著書「孤独の達人」では次のようなことが述べられています。

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私たちは必要なつながりを持てずにいるとき、惨めでさみしく、つらい気持ちになることがある。しかし、この一人の状態を「どうせ一人でいるのなら」と主体的に選択し直すと、全く異なる意味合いを帯びてくる。大きな自由と解放感が得られる。さらに世間の喧噪から離れて孤独に徹し、「深い、一人の時間」を持つことではじめて、真実の自己と内面的な充足が得られる。そして同時に、逆説的に、もっとも強く他者とつながりを感じ取ることができるのだ。孤独こそ、すべての人間に共通の当たり前の真実。いかに孤独を引き受け、自分の人生に課された使命をまっとうするか。あなたよ、孤独の達人たれ。

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